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2017年 02月 19日

「蝶々夫人」東京公演 2/18

全国共同制作プロジェクト「蝶々夫人」東京公演 第一日に行って来ました。
この日だけ、タイトルロールは小川里美さんです。
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1) 歌手について
 小川さんの蝶々さんがどうかというのが最大の関心事でしたが、歌も演技も、とても良かったです。タイトな芯の強い声で、強弱硬軟うまくコントロールされた、丹念で質の高い歌唱。芝居は、平常では穏やかながら、要所要所に毅然とした態度を表す。そのコントラスの巧みさが、キャラクターの造形を高水準なものにしていたと思います。印象的だったのは、例えば
・「ある晴れた日に」の歌唱と歌い終えた後観客に背を向け崩折れるシーン
・スズキに髪を整えてもらいながら話すシーン(うーん、ってところもありましたが)
・ピンカートンが来たと思ってさがし回るシーン
・全幕最後の暗転シーン。緋牡丹お龍(古すぎ)みたいに格好良かった。
などでしょうか。   
蝶々さんの役柄というと、なよなよとしたお人形さんタイプと、自らの意志で恋を選んだ生身の「女性」タイプ(元祖はカラス様か)に大別されますが、小川さんの演唱は、後者のタイプの中で独自の個性を主張するものと思います。中嶋さんももちろん後者のタイプですが、情念が溢れ出てくる、また違う個性で、優れた演唱でした。お二方とも、蝶々さん歌いとしての出演が増えてくるのではないでしょうか。
 スズキの鳥木さんは、この日も抜群の好演。歌も、花の二重唱はとても美しかったです。あまり類型のない魅力的なスズキ像なので、何度でも観たいですね。
 その他のキャストも、高崎公演と印象に差はなかったですが、好演。複数のオペラ団体横断的なプロジェクトの強みでしょうか。

2) 指揮/オーケストラ
 すっきりしゃっきりした指揮で、少しためがないかなと思うところもありましたが、じっくりやるべきところはじっくりとやり、全体的にはうまくまとまっていました。ほとんどフルの三管編成オケ(コントラバスが4本と少なめ)がピットに余裕で入り、十全にプッチーニの音楽を奏でていました。特に第一幕の愛の二重唱は、高崎ではついぞ聴けなかった美しさ。(群響もここで演奏したのならずいぶん結果が違ったはずです、残念)
 このホールゆえ危惧していた歌へのかぶりは配慮されていたようで、あまり不都合はなかったです。座席位置にもよるでしょうけれど・・
 あとは、ボンゾ登場シーンの銅鑼が舞台奥で鳴り、劇的効果が高まっていた、とか、高崎と比べた場合、設備の違いによる仕上がりの良さが随所に感じられました。チケットは全会場統一料金ですので、得した気分(^^)

3)笈田演出・演技について
 タイトルロールを演ずる中嶋さんと小川さんとで演技の違いはありました、当然と言えば当然ですが。ただ、どこまでが笈田さんの指示なのかは不明です。お二方とも国内トップレベルの歌い手さんですから、自身で考えた部分が多々あるはずで、自分の歌や演技の力を最大限魅力的に表現していたのではないかと思います。
 笈田さんの演出ですが、「生身の女性」の物語としてというのは、既にいくつか前例があり、歌唱としてもカラス様、スコット、国内では佐藤ひさら、他あります。また、ミラノ初演版や今回部分的に取り入れられたブレーシャ版が、そもそも生身の女性」の物語として書かれていおり、自然とそうなるものなので、むしろ注目すべきは表現のしかたと仕上がりかと思います。
 表現のしかたについては、ブルックの劇団で長く活躍されている方ですから、観客の想像力を活性化することで演劇の空間を作る、現代的なスタイルですね。各キャストのキャラクターを鮮明に出すことで、観客に内容を伝えてましたが、それは十分わかりやすくできていたように思います。些細なことですが、襖に書かれた漢文が変だとか、イザナギ、イザナミ、猿田彦と唱えながらリン(仏具)を叩くのは変とか、日本通の方からとやかく言われそうなところもありましたが、まあそれはほっとけと(^^)。家がと言えば家のセットをデンと置き、お城がといったらお城そっくりのセットを置き、足りないところは書き割りでとやるような、前現代的なやり方ですと、今回のような各地を巡業する公演では、セットの都合で上演困難なんてことも起きかねませんし、肝心の芝居がしっかりしていないことにはどうしようもないので、その意味でもふさわしい演出だったと思います。この4公演だけでなく、再演してさらに練り上げれば、素晴らしいものになっていくと思います。

 心残りだったのは二点。
 ひとつめは花の二重唱の、花を集めるシーン。ミラノ初演版とブレーシャ版では、子供も一緒に花を集め、蝶々さんと子供とスズキの三人でピンカートンの帰還を祝うようになってますが、この公演では、パリ版(慣用版)通りに子供は登場しませんでした。子供も一緒の方が自然ですから、ここはブレーシャ版を持ってくるか、子供を登場させても良かったのではと思いました。
 ふたつめは、花の二重唱の後の、蝶々さんが身繕いをするシーン。
 スズキに髪を結ってもらいながら、「親戚やボンゾはどう思っているか」というようなことを蝶々さんが言い、背景のシルエットの奥を親戚やボンゾが歩いて行きますが、そのすぐ前、蝶々さんが鏡を見ながら「もう昔の私と違うわ・・・」と嘆息した後、「スズキ、私をきれいにして、きれいにして」(Suzuki ! E per me bella. E per me bella かな)と泣くシーンがブレーシャ版にはあるのですが、これは取り入れられなかったようです。このあたりのところは、音楽がちょっと弱い感もありますが、ブレーシャ版の方が劇としてはえらく泣ける部分なので、どうかなあと。
 この二つのシーンは YouTube にある、去年のスカラ座オープニング公演の動画で観られます。
 あ、演出はかなり首をかしげる代物です、生活に苦労している気配のない第二幕とか。




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ついでに、生身の女性」としての蝶々さんを演出した日本の三人の方々。
三谷礼二 1934/10/18 東京生まれ
吉田喜重 1933/2/16 福井県福井市生まれ
笈田ヨシ 1933/7/26 神戸市生まれ
ほとんど同年代ですね。 同じような思いがあったんでしょうか。

 笈田さんは、役者として超一流の方ですから、稽古は普通のオペラ公演より相当厳しかったのではと推察しますが、それを乗り越えて公演にこぎつけた全出演者の方々に拍手を送りたいと思います。



by kv492 | 2017-02-19 18:33 | 音楽/映画/演劇 | Comments(0)
2017年 02月 07日

「蝶々夫人」高崎公演


2/4にあった「蝶々夫人」高崎公演の簡単な感想です。


1) 笈田ヨシ演出について
 シンプルな装置で、役者(台本にない登場人物も含め)の演技と音楽と照明でもって劇をドライブする現代演劇スタイル。時代設定が昭和初期になってますが、歌い手の演技とキャラクター作りがクリアだったので、絢爛豪華な舞台に慣れている人にも理解しやすかったのでは、と思います。熟達の技ですね。
 ただ、一部、意図不明瞭なところもあって、例えば、ピンカートンが土足で室内に上がるのをスズキが強く怒るシーンの後、蝶々さんも履き物を脱がずに上がってしまう。このシーンは畳の間ではない想定なのか(でしょうね、たぶん)、蝶々さんの「アメリカ人になる」という意志の表出なのか・・・。このシーンの他にも何カ所か、小さな腑に落ちないところがありましたが、まあ、設備の制約の可能性もあるので、他の会場で確認しましょう。
 他国の文化や習俗を理解しようとせず傲岸不遜に振る舞うピンカートン、それを怒りながらも健気に耐えるスズキ、ホワホワとした憧れだけでなく主体性をもってアメリカ人の妻になろうとする蝶々さん、強者の弱い者いじめを不当と責めながらもいざってところでは腰砕けにならざるを得ないシャープレス、とキャラクターの造形がクリアで、笈田ヨシさんの思うところは十分表現されていたように思います。この作品は、ミラノ初演版によく表れているように、日本固有の話でなく、普遍的な文化の衝突をテーマにした音楽劇ですので、その意味でしごく真っ当な、優れた出来映えかと思います。全体的には、落ち着いて劇を楽しめるものになっていました。
 こういうテーマ設定では、三谷礼二
演出、大野和士指揮による二期会の1990年上演が先駆としてあり、それに比べてしまうと、地味というか、エンターテイメント性も兼ね備えた三谷魔術の凄みには及ばないなあ、というのも正直なところありますが。

2) 出演者について
 歌唱に関しては、このホールの特性ゆえかなり実力がスポイルされてしまっているので、想像が入りますが・・
 蝶々夫人の中嶋さんは芝居も歌も熱いです。意志力の強さの表出が良く、か弱くなく、ヒステリックになりすぎないキャラクター造形でした。この路線ではかなり優れた蝶々さんかと思います。
 スズキの鳥木さんは、出色。以前観た御大伊原直子さんが蝶々さんの母親的だったのに対し、お姉さん的な若々しくおきゃんなスズキで、大変魅力的です。
 ピンカートンのデカーロは、芝居は笈田さんの意図をよく汲んだものと思いますが、二重唱では良い声なんだろうなと想像するものの、よくわからず(ここは、オーケストラの響も本領にはるか及ばずでした)。これも他の会場で確認かと。
 シャープレスのサヴィッジは芝居も歌(はないですが)も上出来。良いシャープレスでした。
 単純にいやな奴キャラクターだったゴローの晴さんも好演。
 ケイト登場シーンにブレーシャ版を使ったので、重要な役回りとなったケイトを演じたサラ・マクドナルドは、オペラ初出演としては立派な出来映え。芸達者な歌手(柳澤凉子さんとか)には負けますが、この役なら十分でしょう。
 後ははしょりますが、ヤマドリの牧川さん、最初に舞台を拝見したのは40年近く前になりますが、相変わらずお元気そうで感激(^^)
 父親役の川合ロンさんは、あれほどのダンサーなんだから何か振りを付けて上げとも、と無い物ねだりをしたくなりました。
 この公演のための一般公募臨時編成合唱団は、音楽的に重要なハミングコーラスもそつなくこなしてました。立派、立派 (^^)//
 
3) 指揮、オーケストラ
 苛酷な環境条件下、まずはおつかれさまでした。
 この曲は三管編成で、いくつもの打楽器とハープが必要、通常でしたら80人近い大所帯になりますが、ピットの狭さの制約で、弦が本来の60%くらいの本数になってました。そのうえ、全く響かないホール(~_~;) あちこち、聴き慣れない妙な響き方をするところがありましたが、予想していたよりずっとうまくまとまっていました。群響もタフになりましたね。指揮者も手練れです。

このプロダクション、来週末に東京公演が2回あります。より良い結果になるのは確実ですので、観てない方、観られた方も是非お運びを。今年の国内のオペラ・プロダクションでは最上位レベルになると思います。



by kv492 | 2017-02-07 00:02 | 音楽/映画/演劇 | Comments(0)
2013年 02月 13日

プーランク没後50年~カルメル派修道女の対話

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今年は、オペラ好きなら絶対欠かせない、ヴェルディ、ワーグナーの生誕200年にあたります。
まあこの二人はおいおいとして、地味~に没後50年のプーランクを。

プーランクは、主に流麗で洒落た器楽曲や声楽曲の数々で知られてますが、オペラも3曲書いてます。
1曲目は「ティレジアスの乳房」、シュールレアリスム時代のオペラ・ブッファとも言うべき楽しい曲で、歌詞は
アポリネール。日本では、東京室内歌劇場が(確か若杉弘指揮)上演したのを覚えてます。
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3曲目は「人間の声」、コクトーの歌詞で、一人芝居という(オペラとしては)実験的なもの。
2曲目の「カルメル派修道女の対話」は、フランス革命下のパリで、革命政府の弾圧に抗議して処刑された
修道女たちの葛藤と殉教を描いたえらくシリアスなもの。ほとんどヴェルディですね。
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現在ディスクで入手できるのは、パリ初演時のメンバーで録音されたピエール・デルヴォー指揮のものと、
このケント・ナガノのリヨン歌劇場でのプロダクションくらいのようです。フィデリオあたりよりはいい曲だと
思うのですが、なかなか上演もディスクもお目にかかれませんね。



クライマックスのシーンが YouTube にありました。修道女たちが断頭台にかけられ、殉教するところ。

これはおそらく、1987年のメトロポリタン歌劇場での上演です。修道院長がジェシー・ノーマン、ブランシュが
本格デビューしたてのマリア・ユーイング。
ニューヨーク、パリ、ロンドン、ミラノでTV放映されたものをエアチェックしたビデオが、どんどん入ってくる方
のお宅に足繁くお邪魔し、オペラ三昧だった時に観たもののひとつです。
動画には出てきませんが、一幕で絶命する前修道院長のトロヤノスが大変な熱唱・熱演で圧倒されました
し、ジェシー・ノーマンはもちろん見事。全然知らなかったユーイングも、ずいぶんやるなあこの若手、と
感心した上演です。ディスク2組より、音楽的な充実度は格段に上です。

もしディスク化されましたら、オペラ好きの方は是非。

by kv492 | 2013-02-13 23:55 | 音楽/映画/演劇 | Comments(4)
2010年 03月 02日

私の愛聴盤 フィガロの結婚(メト・ライブ盤)

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昨日アップしようと思っていたのですが、一日遅れで恐縮です。
私のハンドル名は、クラシック音楽を聴かれる方でしたらご存知のとおり、モーツァルトの
オペラ「フィガロの結婚」のKV番号です。
録音で聞いた最初がなんであったかは覚えていませんが、小学生の頃、NHK-FMの放送で聴いて
以来、放送、ディスク問わず、かたっぱしから聴いてきました。また、実演では、西武劇場での上演
(パルコ・オペラ)以来、3桁台の回数の公演を観てきましたから、まあ、愛聴の曲と言っても
いいかなと思っています。

このオペラですが、よく言われることですが、実演、放送を問わず、これといった決定打が
ありません。音楽的には、イタリア・オペラの血筋の世界音楽なのですが、作曲者モーツァルトが
ゲルマン人だからと妙にドイツっぽく演奏されるのも一因していると思います。
とはいえ、手元にあるディスク、テープの中で、一番理想に近いかなと思うのがこれです。
主なメンバーは
 コンテ・アルマヴィーヴァ:ジュゼッペ・ヴァルデンゴ
 コンテッサ・アルマヴィーヴァ:ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス
 スザンナ:ナディーヌ・コナー
 フィガロ:チェーザレ・シェピ
 メトロポリタン歌劇場オーケストラ&コーラス
 指揮:フリッツ・ライナー
1952/3/1 メトロポリタン歌劇場でのライブです。
主役4人は、コナーが多少知られていないかも知れませんが、オペラ・ファンであればはずせない
名歌手揃いです。活きのいい見事な歌とアンサンブルを聴かせています。
それに加えて、ライナーの棒。歌手の息づかいに敏感に反応しながらも、音楽による劇を自在に
操っています。特にテンポの設定とリズムの扱いが出色で、この曲の持つ、音楽だけで劇を構築
していく推進力や生命力、ドラマの抑揚がよく表出されています。
歌手もオーケストラも、アーティキュレーションは、20世紀の前半だなと感じられるところは
ありますが、音楽全体は自然な息づかいで演奏されていて、1960~70年代頃の演奏より
ずっとモダンで新鮮に聞こえます。
ラジオ放送のエアチェックと思われる音源ですので、音質は良くありませんが、顔ぶれの豪華さ
からも貴重な録音ですので、「フィガロの結婚」のお好きな方には、一聴されることをおすすめ
します。
ところで、ナディーヌ・コナーのバイオグラフィを見直していたら、亡くなったのが、3月1日
でした。奇遇なことに。

主役4人の簡単なご紹介

by kv492 | 2010-03-02 23:28 | 音楽/映画/演劇 | Comments(4)
2009年 01月 30日

1937 Salzburg

今日は趣向を変えて、クラシック音楽の話を。

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トスカニーニがザルツブルク音楽祭で振った魔笛です。戦後までメトロポリタンで活躍した大歌手キプニス、ノヴォトナがザラストロ、パミーナを演じているのも豪華ですね。
今やヨーロッパ観光の呼び物としても有名なザルツブルク音楽祭ですが、歴史をひもとくと興味深いことがたくさんあります。特に、1937年、この年は、当時のヨーロッパの3大指揮者であるトスカニーニ、ワルター、フルトヴェングラーが顔を合わせた年です。この3人がそろったのは、後にも先にもこの時だけ。
トスカニーニが「魔笛」、「ファルスタッフ」、「マイスタージンガー」
ワルターが「フィガロの結婚」、「ドン・ジョヴァンニ」
フルトヴェングラーがベートーヴェンの第九シンフォニー
を振っています。
この頃、ザルツブルク音楽祭は、ナチスににらまれた音楽家たちが集まるところで、反ファシズムの闘志トスカニーニと、ヴィーン国立歌劇場の監督だったワルターが中心人物でした。そこに、ナチス第三帝国随一の巨匠フルトヴェングラーがベートーヴェンを振りに来るということで、トスカニーニが激怒、出演しないと言うのをワルターがなだめて公演にこぎつけたそうです。
それでも、トスカニーニとフルトヴェングラーが街頭で顔を合わせてしまい、口論になったという逸話(トスカニーニが強く罵倒したらしい)があります。
それはさておき、トスカニーニとワルターの公演は全てライブ録音が残っていて、数年前にはCDで入手できました(今あるかは調べてないのでわかりませんが・・)。映画用 35mm フィルムのサウンドトラック部分を使ったもので録音されていて、思いのほか良好な音質で聴けます。

魔笛でのトスカニーニは、テンポもダイナミクスも大きな息づかいでうねっていて、とても表出力の強い演奏をしています。これを聴いてしまうと、カラヤンやベームでも、はなたれ小僧ですね。

ワルターのものはこちら

by kv492 | 2009-01-30 23:55 | 音楽/映画/演劇 | Comments(0)