Monochrome Passage

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2017年 02月 07日

「蝶々夫人」高崎公演


2/4にあった「蝶々夫人」高崎公演の簡単な感想です。


1) 笈田ヨシ演出について
 シンプルな装置で、役者(台本にない登場人物も含め)の演技と音楽と照明でもって劇をドライブする現代演劇スタイル。時代設定が昭和初期になってますが、歌い手の演技とキャラクター作りがクリアだったので、絢爛豪華な舞台に慣れている人にも理解しやすかったのでは、と思います。熟達の技ですね。
 ただ、一部、意図不明瞭なところもあって、例えば、ピンカートンが土足で室内に上がるのをスズキが強く怒るシーンの後、蝶々さんも履き物を脱がずに上がってしまう。このシーンは畳の間ではない想定なのか(でしょうね、たぶん)、蝶々さんの「アメリカ人になる」という意志の表出なのか・・・。このシーンの他にも何カ所か、小さな腑に落ちないところがありましたが、まあ、設備の制約の可能性もあるので、他の会場で確認しましょう。
 他国の文化や習俗を理解しようとせず傲岸不遜に振る舞うピンカートン、それを怒りながらも健気に耐えるスズキ、ホワホワとした憧れだけでなく主体性をもってアメリカ人の妻になろうとする蝶々さん、強者の弱い者いじめを不当と責めながらもいざってところでは腰砕けにならざるを得ないシャープレス、とキャラクターの造形がクリアで、笈田ヨシさんの思うところは十分表現されていたように思います。この作品は、ミラノ初演版によく表れているように、日本固有の話でなく、普遍的な文化の衝突をテーマにした音楽劇ですので、その意味でしごく真っ当な、優れた出来映えかと思います。全体的には、落ち着いて劇を楽しめるものになっていました。
 こういうテーマ設定では、三谷礼二
演出、大野和士指揮による二期会の1990年上演が先駆としてあり、それに比べてしまうと、地味というか、エンターテイメント性も兼ね備えた三谷魔術の凄みには及ばないなあ、というのも正直なところありますが。

2) 出演者について
 歌唱に関しては、このホールの特性ゆえかなり実力がスポイルされてしまっているので、想像が入りますが・・
 蝶々夫人の中嶋さんは芝居も歌も熱いです。意志力の強さの表出が良く、か弱くなく、ヒステリックになりすぎないキャラクター造形でした。この路線ではかなり優れた蝶々さんかと思います。
 スズキの鳥木さんは、出色。以前観た御大伊原直子さんが蝶々さんの母親的だったのに対し、お姉さん的な若々しくおきゃんなスズキで、大変魅力的です。
 ピンカートンのデカーロは、芝居は笈田さんの意図をよく汲んだものと思いますが、二重唱では良い声なんだろうなと想像するものの、よくわからず(ここは、オーケストラの響も本領にはるか及ばずでした)。これも他の会場で確認かと。
 シャープレスのサヴィッジは芝居も歌(はないですが)も上出来。良いシャープレスでした。
 単純にいやな奴キャラクターだったゴローの晴さんも好演。
 ケイト登場シーンにブレーシャ版を使ったので、重要な役回りとなったケイトを演じたサラ・マクドナルドは、オペラ初出演としては立派な出来映え。芸達者な歌手(柳澤凉子さんとか)には負けますが、この役なら十分でしょう。
 後ははしょりますが、ヤマドリの牧川さん、最初に舞台を拝見したのは40年近く前になりますが、相変わらずお元気そうで感激(^^)
 父親役の川合ロンさんは、あれほどのダンサーなんだから何か振りを付けて上げとも、と無い物ねだりをしたくなりました。
 この公演のための一般公募臨時編成合唱団は、音楽的に重要なハミングコーラスもそつなくこなしてました。立派、立派 (^^)//
 
3) 指揮、オーケストラ
 苛酷な環境条件下、まずはおつかれさまでした。
 この曲は三管編成で、いくつもの打楽器とハープが必要、通常でしたら80人近い大所帯になりますが、ピットの狭さの制約で、弦が本来の60%くらいの本数になってました。そのうえ、全く響かないホール(~_~;) あちこち、聴き慣れない妙な響き方をするところがありましたが、予想していたよりずっとうまくまとまっていました。群響もタフになりましたね。指揮者も手練れです。

このプロダクション、来週末に東京公演が2回あります。より良い結果になるのは確実ですので、観てない方、観られた方も是非お運びを。今年の国内のオペラ・プロダクションでは最上位レベルになると思います。



by kv492 | 2017-02-07 00:02 | 音楽/映画/演劇


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