2011年 10月 06日

巨星墜つ

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スティーブ・ジョブズ 享年56歳。

大学の研究室で買いたてのAPPLE II に触れ、それの開発者の一人として名前を知ってから、スティーブ・ジョブズは常に最も尊敬する天才でありヒーローでした(しかも私とほぼ同年代(^_^;)。もう一人のスティーブ(ウォズニアック)と共に打ち出した、APPLE の基本コンセプト「一人一人の人間の能力を拡張するためのコンピューティング・パワー」、それに強く共感しました。
コンピューターは、20世紀の技術革新の中で最も重要で偉大なもののひとつと考えています。50年代から始まったIBMの業績・貢献の偉大さはもちろんのこと。例えば、IBMがなかったら、人間が月に行けたのはいつになったことやら・・。
60年代までのコンピューティング・パワーは、えらく高価(一式数億から数十億円!とか)で、「一部の集団の能力を拡張するためのもの」でしたが、70年代に個人でも入手可能なコストのマイコンが登場し、一人一人の人間の能力を拡張するために、が実現できるようになりました。
二人のスティーブはそれで第二のコンピューティング革命行動を起こしたわけです。
ジョブズが戻ってからのAPPLEのビジネス面での快進撃をもとに、経営者としての業績が高く評価されますが、それはあくまで結果論です。実際、製品化の目処のない研究開発に予算をつぎ込みすぎてAPPLEを追い出されたり、NeXTも事業としては失敗です。
基調講演などをよく聞いてもわかりますが、売上げがどうしたとかシェアがどうしただとかはプレスのネタ作りのためのリップ・サービス、APPLE の基本コンセプト「一人一人の人間の能力を拡張するためのコンピューティング・パワー」をいかに社会のために活かすかに終始一貫していました。それが一番偉大な業績だと思いますし、尊敬すべきところでしょう(ビル・ゲイツ君にはあいにくそういう尊敬の念は持てませんね)。経営者として云々は、経済評論屋や経営コンサル屋にでもほざかせておけばよろしい。

私が物心ついた60年代、日本は戦後の復興で必死でした。為替が1ドル360円の固定相場から変動相場制に移行した時、両親は、これでやっと日本も一人前になれたね、と我がことのようにしみじみ言っていたのを覚えています。不思議なほど社会への一体感がありました。80年代からは、個人の社会との関わり方が経済活動に収斂し、自己利益の追求が社会システムよりも優先され、現在はほとんどそれが行き着いたかのようにですね。東日本大震災や原発事故に対する中央政府(与党も野党も)や経済界、メディアの対応を見ていると、そう受け取らざるを得ません。

ジョブズも、60、70年代の「病めるアメリカ」の中で育った人。思えば、自己(自社)利益の追求を至高の目的としない姿勢で終始一貫したのは、それも大きな要因かも知れませんね。

我らの時代のヒーローに合掌。

by kv492 | 2011-10-06 23:55 | コンピューター関連 | Comments(2)
Commented by photo_artisan at 2011-10-07 14:48
1弗360円の時代か・・・変動相場制になったのは大阪万博の後でしたか。
全てが右肩上りの時代でしたね。
Commented by kv492 at 2011-10-08 10:27
>photo_artisanさん、こんにちは。
変動相場制に変わったのは、308円固定の時期もありましたから、73年だったと思います。それまでは、一人前の国になって国際社会に復帰するという目標に向け挙国一致(^_^;)していたと感じてました。ある意味、単純な時代。
ところで、90年代の初めに、大手町のとある企業の開発プロジェクトで、PageMaker をプロジェクトの要件定義書や外部設計書に使おうとしたことがありました(ハードの費用が高く、一部でしか実現しませんでしたが)。



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